★まずは合田さんのコメントから
『シリル・アロンゾの名前を初めて聞いたのは、ビュジェ・セルドンの最上の造り手である
ラファエル・バルトゥッチに会うためジュラを訪ねた2000年のことでした。
甘く てフルーティが持ち味であるこの地区で、一風代わったシリルのセルドンは一部のファンから
熱狂的に愛されていましたが、シリルはワイン造りをやめてジュネーヴで
ヴァン・ナチュールの輸入の仕事に携わっていました。
もう、彼のワインは楽しめないのかと、シャントレ村にある
シリルの両親が営む美食家の間で名高い「ラ・ターブル・ド・シャントレ」でわずかに残っていた
セルドンを何度か味わいました。すっかりワイン造りから離れてしまったと思っていたのですが、
実は近隣の友人のセラーの片隅で、彼はワインを造りつづけていました。
ボージョレ生まれのシリル・アロンゾ氏は現在38才。モンペリエの大学でワイン醸造を学び、
ボーヌでエノローグの資格を取得後は、いくつかのレストランでソムリエとして経験を積んできた。
その後、スイス・ジュネーブ近郊のドメーヌ・ヴィーニュ・ブランシュで17品種の栽培を経験、
1998年にはフランス・サヴォア地方ビュジェに4haのブドウ畑を手に入れ、
シャルドネ種、ガメイ種、ピノ・ノワール種のほか地品種モンドゥーズ種や
アルテッス種でヴァン・ナチュレルを造り、現在の醸造の基礎を築き上げた。
その当時アロンゾ氏が造ったワインは「幻のワイン」と称され現在では入手不可能となっている。
そんなアロンゾ氏が、マコンとボージョレの間のロマネシュ・トラン村に
最愛の伴侶・キャリンヌさんと共に「ドメーヌ・ド・ランセストラ」を立ち上げたのは、2004年のこと。
畑を買おうと奔走していたアロンゾ氏が目の当たりにしたのは、想像を越える畑の値段であった。
「高すぎて畑は買えない」。そこで思いついたのが師である故ジュール・ショヴェ氏の、
ネゴシアン(ブドウやワインを農家や生産者から購入するワイン商)としてのスタイルであった。
ドメーヌ名は、自身のワイン造りに採用した先祖代々伝わる方法「Ancestrale(アンセストラル)」から
名付けた。 |