★カーヴ・コーペラティブ(協同組合)を、ランク・パスカルの父親が自らドメーヌ元詰めをしたいとのことで1986年に脱退、
父親の跡を継ぐはずの兄が突然の事故死により、それまでまったく畑違いの工業機械を学んでいたフランク・パスカルが
ワインの道に進むことになります。
当初は父親の手伝いしていましたが、1994年に父親から畑をレンタルし自分のキュベを造りはじめます。
2004年からビオディナミに移行、ビオ・シャンパーニュの醸造では飛びぬけた実力を持つ、
デュヴァル・ルロワの醸造長であったヘルヴェ・ジュスタン氏をコンサルタントに迎えました。 |